イッセーのblog

「OUlifeの代表はこんな人です。」のブログです。

彼女の香りを僕はまだ覚えている

 

p.m21:15

 

うちの大学はまだ夏休み、

人通りは皆無にも近い、学校の帰り道だ。

 

夏休みだというのに研究室に行き、

8割がた理解していない研究を半日かけてやって、

進捗は皆無にも近いことを嘆く帰り道だ。

 

研究、と言ったが、それは研ぎ澄まし、究めるという文字には遠く及ばない、ただパソコンの前でうだうだと、わからない計算プログラムをわからない論文を読んでわからないわからないと困ってる行為のことを便宜上、研究といった。

 

疲れた。

 

もちろんその疲れは、一日必死に頑張った清々しい、嵐の後の青空のような疲れとは正反対の、

モヤモヤと、頭の中に曇天がのしかかるような気だるい方の疲れなのは、至極当然のことだった。

 

 

それでも、腹は減る。

大した労力も要してないくせに、体はいっちょまえに栄養を欲している。

そんな疲れと空腹と一緒に歩く帰り道だった。

 

今日の晩飯は何しようか。

坂下のラーメンでいいか。

確か辛いやつがあったような。

うん、そこにしよう。

 

「ガラガラ」

普段は並ぶこともあるラーメン屋であったが、夏休みということで席は存分に空いていた。

カウンターに巨漢が一人と、カップルのふたり、そしてテーブルに1人。

 

ちなみにさっきの「ガラガラ」はドアを開ける音を表現しただけで、別に客が少ないことと掛けているわけではない。

 

 

この店はまず食券を買うシステムだ。

食券によってホールの負担を減らし、人件費削減を狙っているのだろう。

でも、3人いるうちの1人はほとんど働いているようにみえない。

おっちゃんがすぐに店を出て一服しにいっている。

これなら二人で回せるやろ。おっちゃん帰らせろ。

 

そんなことを思いながら食券を買うと、

「こちらどうぞ」

とカウンターに通された。

端から三席空いているのにあえて巨漢のとなりに案内された。

(●●○●○←○○)ここ

 

なぜだろう。

このあと忙しくなる可能性をこの店は考えているのだろうか。

火曜日というど平日で、しかも21時をも回っているというのに。

 

しかし、そう考えているなら、このシフト体制にも納得がいく。

今は人が多いが、この後の忙しさには二人ではきついという予想だったんだと。

 

まぁそれなら仕方ない。

おっちゃん、ごめん。

 

さっきまでの店への不満を悔い改め

カバンを足元に置いて案内された通り、右に二つの空席を残し、巨漢の横に座った。

 

 

 

 

座った、のが間違いであった。

 

 

 

 

座った瞬間に気づいた。

いや、正確にはカバンを下ろす時点でうすうす感づいていたのが、座った瞬間に確信に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

臭い。

 

 

 

 

汗臭い。

 

 

 

 

脳みそは瞬時にその原因が何であるかを予想し、それと同時に視線は隣へと移った。

その行為を1秒にも満たない速度でやり終え、答えをはじき出した。

 

 

隣の巨漢が臭い。

 

 

間違いない。

何日風呂も風呂に入っていないような髪の毛のテカリよう、その肉体。

お前だ。この臭いは完全にお前だ。

 

 

ここが、電車や、道端であればまだ良かった。

一瞬の臭さぐらい、軽く肩がぶつかったようなもので、

「全然大丈夫ですよ」と、なんなら軽い笑顔まで添えておかえしてあげられただろう。

 

 

しかし、ここは飲食店。

もっともくさいものがあってはならない場所、

そんなパンゲア、天竺、エデンに踏み入れてしまった愚か者。

 

 

時に人は、二種類に分けられると思う。

 

「臭いと思われるものと、臭いと感じるもの」

 

巨漢よ、そしてお前は今、まさに臭いと思われるものになったんだ

 

今すぐここから立ち去れ。

 

なんてことは面と向かって言えるわけなかった。

 

でもまぁ臭いといっても本人は悪気があって臭いわけではないし、

もしかしたら家のお風呂が壊れてやむを得ず臭いだけかもしれないし、

それに汗をかけば誰だって大なり小なり臭い。

追い出す権利なんて誰にもない。

 

 

それでも、自分がそこから離れることは自由なはずだ。

だって臭いものは臭い。

席を変えてもらおう。

 

 

…でも、どうやって席を移ろう。

 

 

真っ先に考えに上がるのが、「黙って移る」もしくは「店員さんにこっちいっていいですかと聞きながら答えを聞く前に移ること」だろう。

 

僕もそれを思いついたが、実行できなかった。

 

 

先ほどから巨漢、巨漢といっていたが、

実は漢ではなかったのだ。

髪の毛が腰近くまで伸びていたので、もしやとも思っていたが、

店員さん同士の

「これどこですか?」

「それはそちらの女性」

という卵かけご飯を運ぶ会話から女性であることがほぼ確定した。

 

その人物を女性だと思っているのがN=2ではあるが、彼(というか彼女)を女性だと疑うには十分であった。

 

つまり、

席が移れないというのは、

女性に対して、隣の席から別の席に移るという行為は失礼だという紳士的発送からくるものだった

 

彼女が女性である以上、席を理由なしに移るのは、イコールお前臭いと直接言うようなもので、小さいころから女の子には優しくしなさいと育てられた僕には到底できる芸当ではなかった。(さっきまで臭い臭いいうてたけど)

 

 

再び迷宮へと逆戻り。

 

どうする。このままここにいるか?

いや、あるはずだ。活路が、

圧倒的活路が…!!

 

 

 

 

そこに、一筋の光。

真っ暗闇のなかに一直線に差し込んだ突然の閃き。

 

思えば、最初から違和感があったのだ。

どうして気づかなかった。臭いに気をとられて気づかなかったのか。

 

 

 

そう、僕には「お箸のみ左利き」というアドバンテージがあった。

幸運にも今空いているのは右の二席。

 

店員さんに、こう言えばいい。

 

「左利きでひじが当たっちゃうんで、右行ってもいいですか?」

 

これだ。

これを彼女の耳にギリギリ届く絶妙な声のボリュームで言う。

完璧だ。

 

誰も傷つけることなく、ハッピーにこの場を納められる。

 

勝利を確信し、ガッツポーズを天に向かって突き出すかのように手を上げて店員さんを呼ぼうとした。

 

 

いや、待て。

 

本当にひじが当たるか?

このカウンター、割と余裕を持って椅子が設置されている。

 

どう見計らってもこれではひじがあたらない。

(それでも臭いは余裕で届いているが)

 

これでは今度は僕が

 

「あいつあたまおかしいんちゃう?」

「ばり左利きアピってくるやん、かっこいいと思ってるん」

 

とか思われてしまう。

冗談じゃない。

この方法じゃ、だめだ!!

 

活路、途絶えるッ…!!

 

 

いよいよこの臭いと真っ向から勝負すること覚悟した方がいいのかもしれないな。

人間は慣れることができる生き物だ。

こんな臭いすぐに慣れるだろう。

 

半ば諦めかけていた。

 

その時、

彼女はそれこそ聞こえるか聞こえないくらいの声で、こうつぶやいた。

 

 

 

「ごちそうさま…。」

 

 

もはや幻聴だったかもしれない。

自分の願望が幻聴として聞こえただけだったのかも、

 

それでも、彼女がお箸をおき、口をティッシュで拭く姿をみて、

ようやく体の緊張が解けた…

 

彼女は店を後にした。

 

 

 

 

こうして僕は、大好きなラーメンに万全の状態でありつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、

 

この時まだ、僕は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

ここが二郎系ラーメンで、

ニンニクをマシマシにするという重大なミスを犯していたこと、

 

 

 

今度は自分が、次の日に「臭いと思われる側」の人間になってしまうことを…

 

 

 

 

 

 

ってことで明日から沖縄旅行ぉぉぉ!!!!